誘電緩和・誘電分光とは?

誘電緩和(Dielectric relaxation)とは?

ステップ電圧を並行平板コンデンサに印加した時、もしコンデンサの中が真空であればコンデンサには瞬時に電荷がたまります。一方、コンデンサの中が、液体、もしくは固体状態の物質で満たされている場合には、コンデンサに蓄えられる電荷の挙動は、2段階に分けられます。まず最初ステップでは、瞬間的にある一定の電荷がたまり、その後は徐々に電荷が蓄えられていく様子が観測されます。

誘電緩和,dielectric relaxation,双極子分極,配向分極

誘電緩和,dielectric relaxation,双極子分極,配向分極

 

この後者のステップは、電圧を印加したときに、物質表面に誘起される分極電荷の形成にある程度の時間がかかることに起因します。このようにゆっくりと時間をかけて分極が形成される現象を誘電緩和といいます。また、このゆっくりと形成される分極は、「双極子分極」、もしくは「配向分極」とも呼ばれ、物質内の双極子の構造や運動性を反映した振る舞いをします。つまり、物質の誘電緩和を調べることで、物質内の構造や分子レベルの運動性に関する知見を得ることができます。

 

分極,誘電緩和

 

ちなみに、最初のステップの瞬時にたまる電荷は瞬時分極と呼ばれ、電場が加わることで電子や原子の平衡位置がずれることによる分極です。これらは、「原子分極」「電子分極」と呼ばれます。瞬時といっても実際には、10の-12乗〜10の-15乗くらいのスケールの時間がかかっています。

 

誘電緩和,dielectric relaxation,双極子分極,配向分極

 

原子分極,電子分極

 

誘電緩和分極について知りたい人には、以下の2冊あたりがそれほど難しくなくて良いと思います。

 

  

誘電分光(Dielectric spectroscopy)とは?

一般的に、分極や誘電緩和の振る舞いを議論するためには、誘電率という物理量を用います。この誘電率と分極は下のような関係にあります。つまり、誘電率とは、物質に電場を加えたときにどれくらいの分極が形成されるかを表す指標となるものです。

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印加する電場(電圧)が交流であるときには、誘電率が複素数になり、複素誘電率(ε*=ε'-ε")と呼ばれます。

複素誘電率

 

「誘電分光(Dielectric spectroscopy)」というのは、この複素誘電率の周波数依存性を観測する実験手法の総称です。(「誘電緩和測定」、「誘電緩和法」などと呼ばれることもある。)例えば、低周波領域では、電圧を印加して、その時の電流を計測し、電圧と電流の関係から複素誘電率を計算します。一方、マイクロ波領域くらいになってくると、物質に電磁波をあてて、その時の反射や透過波を計測して、入射波との関係から誘電率を算出します。複数の装置による測定を組み合わせると、10の−6乗[Hz]から10の13乗[Hz]にも及ぶ非常に広帯域な分光測定が可能となります。

 

実際に、固体や液体の測定を行ってみると、上の図に示したように、電気的な周波数領域と光学的領域に現れる誘電率の変化は、少し異なります。誘電率の虚部(誘電損失)で見ると、電気的周波数領域では、非常にブロードな分散が観測され、光学的領域ではシャープな分散が観測されます。一般的に、こうした振る舞いは、電気的領域ではデバイ(Debye)関数を始めとした緩和型の関数を用い、一方、光学的な領域ではローレンツ(Lorentz)関数などの振動モードを表す関数で表現されます。

 

この手法は、色々な物質の研究に用いられてきていますが、特に溶融状態の高分子や高分子フィルムに関する研究に多く報告されています。

 

  

 

日本語の専門書は、ほとんど見かけませんが、洋書をでは色んな専門書が出ていますので、誘電分光を用いた研究で興味があるものを探してみてください。

液体の誘電分光測定

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水のような有極性分子の場合、ある方向から電場が加えられると、それぞれの分子は電場の方向に配向させられます。ただ、実際には、液体中の分子は、熱によって、ランダムな並進、回転運動をしているので、分子が電場の方向にすぐに反応して配向し、ずっとその状態を保っているわけでありません。イメージとしては、通常完全にランダムな方向に向いている双極子モーメントが、電場の力によって少しだけ電場方向に向いている平均時間が長くなる感じでしょうか。ですから、液体に電場を加えたときの分子の配向に要する時間(誘電緩和時間)というのは、「電場による配向効果」と「熱によるランダムな動き」とが統計的に釣り合う状態に移行するまでの時間ということになります。