水の誘電分散

水の誘電分散、誘電率

 水の複素誘電率を測定すると下の図ように、緑色で示された実部(誘電率)赤で示された虚部(誘電吸収、誘電損失)が得られます。赤い誘電損失を見るとだいたい10GHzのあたりにピークがくることが分かります。複素誘電率の測定からどうしてこのようなデータが得られるのかは、詳しい参考書に譲るとして、これらのデータがどのような物理現象を表しているのかを簡単に説明したいと思います。

水,誘電緩和,誘電率

 誘電緩和のところで、分子に極性がある液体では、外部から電場が印加された時に、その外場と同じ方向に分極が形成されると説明しました。この分極は、分子(双極子モーメント)が、電場方向に配向することに起因するので、電場が加えられてからその方向に向くためにはある程度有限の時間がかかります。すでに説明した通り、正確には、液体中の水分子が全て電場の方向に向いてしまうわけではないのですが、ここでは説明を分かりやすくするために「分子が配向する」という表現を使っていきます。液体中の誘電緩和に関しては「誘電緩和」のところで確認してみてください。

複素誘電率の実部

 複素誘電率の実部は、低周波領域では一定の値になっていますが、これが周波数が上がってくるごとに徐々に低下していき、10GHzあたりでちょうど低周波の極限値の半分(くらい)の値になっています。その後も周波数の上昇とともに誘電率の値は減少し続け、最終的にはある一定値に収束していきます。

 

 まず、この誘電率の実部、つまり誘電率というのは電場を印加したときにどれくらいの分極が形成されるのかという指標であるということを思い出してください。低周波領域では、交流電場を加えたとしても、静電場を加えたときと同じ程度に分極が形成されるということを意味しています。分極の形成には有限の時間がかかるのですが、ゆっくりとした電場の変化であれば、余裕をもって追随していき、分極形成には遅れが生じません。これがだんだんと周波数が上がっていくと、分極の形成が外からの電場の変化に追いついていけなくなります。これによって少しずつ分極の形成が不完全となり、静電場を加えたときよりも分極の値が小さくなってしまいます。イメージ的には、「右を向け」と外場に指示をされて、右を向いたと思ったら、もう次の瞬間には「左に向け」と言われて慌てて、左に向かなければいけなくなります。そうしているうちに分極の形成がきちんと完了する前に次の指令がきてしまうので、分極形成が少しずつ不完全になっていく感じでしょうか。高周波領域では、もうほとんど電場の変化に反応することができずに、水分子の配向による分極の寄与は全くなくなってしまうのです。

 

 最終的に残っている誘電率の寄与は、電子分極と原子分極によるものです。こうした分極は瞬間的に形成されるので、どんなに外からの電場の周波数が高くなってもきちんとこれらの寄与が残るのです。

複素誘電率の虚部(誘電損失)

 誘電率の虚部(誘電損失)は、上で説明した交流電場がかかった時の分子の動きから生じる熱的なエネルギーの損失具合を表したものです。低周波領域では、交流の周波数に余裕で付いていけるので、それほど摩擦熱は生じません。それがだんだんと周波数が上昇していくと、先ほど言った通り、「右に向け」と外部の電場から指示があって、右を向きかけたときには、「左に向け」という別の指示がきてしまうような状態になってきます。そうなってくると徐々に交流電場に中途半端についていく形になり、無駄な動きが多くなってきて、熱的な摩擦が出てきます。水では10GHz程度のところで水分子が一番振り回される感じになって、最も熱としてのエネルギー損失が大きくなるので、ピークをつけます。

世界の電子レンジの周波数は?

日本とアメリカの電子レンジの周波数を比べてみると以下のようになっています。
日本:2.45GHz
アメリカ:900MHz

電子レンジは電磁波(交流電場)によって水分子を揺さぶって食品などを加熱する道具です。先ほど説明したとおり誘電損失がピークを付ける10GHz付近で最も水の無駄な動きが発生し、摩擦熱による加熱が起こりますので、理想的には10GHzの電子レンジがあれば、最も効率的に食品を加熱することができます。しかし実際には、各国の法律等で電子レンジの使用周波数が決まっていて、日本とアメリカを見ても10GHzよりもずいぶんと低い周波数を利用しています。この2カ国の電子レンジを比べてみると、日本の2.45GHzのほうが誘電吸収が大きいので、アメリカよりも加熱しやすいと言えます。